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井戸考
序
井戸ポンプを見たことがありますか。
映画の中やテレビ、写真などでしか見たことが無い人が大半を占めるのではないでしょうか。
私自身、30歳を過ぎるまで、井戸ポンプと言えば群馬の従兄弟の家にあった井戸ポンプの記憶のみ。
夏休みとなれば従兄弟の家に2週間ほど泊まりに行かせて貰っていた私は、朝起きて井戸ポンプの水で顔を洗った思い出が忘れられません。
真夏の朝、8時ごろにはすっかりと太陽があがっていて、あたりには草いきれをタップリ含んで湿った香りが漂っている。タオルを首から下げて玄関を出た私達は、敷石を踏みながら庭木の葉の下を歩く。
庭の端にはコンクリで出来た洗濯場、その横にはだいぶ錆びて、赤く鈍く照らされた井戸ポンプがどっしりと構えている。
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そして、従兄弟と交代で顔を洗う。
井戸ポンプはギッチラギッチラ漕いで初めて水が出る物。
蛇口のようにひねれば水が流れ続ける物では無いので、まだ眠たい眼をしっかりと覚ますには、ポンプを漕ぐ者と顔を洗う者の役割分担が肝心なのだ。
※右の写真は東京で見つけた井戸ポンプの中で従兄弟の家のポンプにイメージが似ているポンプ |
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はてさて、井戸ポンプから出てきた水だが、一般的に言われるように「夏は冷たく冬は暖かい」物だったのだろうが、それはあまり記憶に残っていない。
それより鮮烈に思い出されるのがその水の量である。
そりゃあ、子供のする事、「どちらが早いか」競い合って漕ぐので、水道の蛇口からの水量とは比べ物にならない、井戸ポンプの吐水口からは大人の腕の太さ程の水の束がドーッと止めども無く流れてくるのだ。
流れ出る水の圧力を両手に一杯捉えながら、はじけんばかりに顔に水を叩きつける。
そして、叩きつけると同時に口にも含む。
「生水は飲んじゃダメよ」と叔母に言われていても、あの水のおいしさは忘れられない。
そんな思い出の井戸ポンプも二十歳の頃だったか、ある夏、従兄弟の家にお邪魔させていただいた時に水質汚染で飲める水では無くなってしまった事を聞かされた。
しばらく使われていなかったそのポンプは柄を持って漕ぐと手ごたえが無かった、台所からヤカンを持ってきて呼び水を注し再び漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。何回も漕ぐ。
やがて柄に重さが戻り、ポンプからはあの時と同じように水が吐き出された。
しかし、それは、もはや飲む事の出来ない「死んでしまった水」
洗濯場の排水溝から流れていく水を見ながら、あきらめの気持ちと、悲しさとで胸が詰まった事を今でも覚えている。
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